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WORKING HOLIDAY

《現地生活編 その3》

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フラット生活について
クライストチャーチでの語学学校生活を終え、メスベンに移動してきてからの約1ヶ月強はホームステイ生活をしていました。しかしスキーシーズン中に日本から友達のユカ達が遊びにやって来ることが決まっていて、彼らと一緒に住むことのできるフラットを探していました。偶然にも友達のお姉さんの家を紹介してもらえたのでそこに住むことに決めました。フラットメイトのノブにホームステイ先からの引越しを手伝ってもらって(スキー道具とかいろいろ荷物が増えちゃってました)6月2週目からはフラット生活です。
オーナーカップルプラス犬1匹、そして私とノブのフラット生活が始まりました。マウントハットスキー場は5月下旬にオープンしていましたのでコンディションがよければ昼食持参で毎日のようにスキー場へ行っていました。その後7月2週目からはスキーが目的でやって来たユカ・キョウヘイくん・カズ・マルちゃんが加わりました。(マルちゃんは夏休みを取って1週間だけの滞在)
食事に関しては朝食と昼食は各自で作って食べていました。昼食に関してはスキー場へ行くときはお弁当を各自持参していました。毎日毎日、カフェで食べてたらお金もかかるしね。夕食はメニューを考えてみんなで作って食べていました。夕食後の皿洗いと食後のコーヒー入れ、それにごはんが余った時におにぎりを握ったりするのはトランプなどのゲームで負けた人が代表でやっていました・・・のでみんな、勝負は真剣そのものでした。ここで一生分のトランプをやったな、と思うくらい毎日毎日やりました。(ほとんど病気状態・・・)
食費代はみんなより週に1回何ドルずつ、という風にして私が徴収していましたが、お金の管理などけっこう大変でした。足りなくなったら追加徴収、という感じにしていたのですが、「今週分はこれだけ、一切追加はしない!」とルールを決めておいたほうがよかったかな、と思いました。
スキー以外では夜にパブへ行ってお酒やビリヤードを楽しんだりしました。メスベンのパブでのビリヤードゲーム代金は1ゲームで50セントという安さ。気軽な感じで楽しめました。あとはフラットメイトのノブが車を持っていたのでたまにクライストチャーチへ出かけたり、日々の食料品の買い出しにはアシュバートンというメスベンよりも大きな町へ出かけていました。メスベンにはデイリー(小さなスーパーマーケット)しかなかったけどアシュバートンには大きなスーパーマーケットやウェアハウスなどいろいろな店がありました。メスベンからは約40Kmくらい離れているのですが、こちらでは車で30分くらいの距離です。(ニュージーランドの一般道の制限時速は100Kmです)
私の場合、フラットメイトは日本人(しかも学生時代の友達含む)だったので家では英語を使うよりも日本語が多かったです。もちろん、オーナーカップルとは英語で話しますが、どうしても彼らとよりもフラットメイトと過ごす時間のほうが長かったのでそうなってしまっていました。仕事場では英語を使っていたとはいえ時間も限られているし、英語力のアップという面で言えば余りよい環境とは言えなかったかも知れません。その点ではフラットを出てオーストラリアでのひとり旅をしてから方がよい英語の勉強になった気がします。
その他、メスベンでのフラット生活については旅ページのメスベンの項にも書いていますのでこちらも読んでいただければと思います。

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仕事について
ワーキングホリディ滞在中の冬を過ごすことにしたメスベン。マウントハットスキー場でスキーを楽しみつつ、ここで何か仕事を見つけられないかな?と思っていました。クライストチャーチで滞在していた時からいろいろと冬に向けての情報収集をしていました。ここでは私がスキーショップでの仕事を見つけるまでのいきさつや実際の様子などについて書きたいと思います。
いきさつ(というかなりゆき) スキーショップでの仕事 スキー場スタッフの仕事について その他の仕事のこと
いきさつ(というかなりゆき)
メスベンについて早速、仕事探しを始めました・・・と言いたいところですが、私が移動してきたのが5月初旬。この時期に現地入りしても早過ぎてまだあまり仕事情報が(フラット情報も)ないのです。メスベンは冬に賑わう町なので宿泊施設やレストラン・一部のお店(スポーツショップなど)は季節営業というところもあり、まだオープンしてもいなかったり・・・。私は語学学校で先生と協力して作った履歴書を手に営業しているところをとりあえず回り、「仕事ありませんか?」と飛びこみで探しました。(とりあえず今の段階では仕事内容については選びませんでした。)この時点で営業しているところといえばホテルなどの宿泊施設でした。しかし「とりあえず履歴書は預かるよ。何か仕事があれば連絡します。」という返事がほとんどでした。彼らもまだ本格的に稼動している訳ではなく、シーズン前の準備段階という感じでした。
ある日の午後、メスベンの町のマウントハットの事務所に行き、リフトシーズンパスの申込用紙をもらいつつ、何気に職のことを聞いてみたけどやっぱり締め切りを過ぎているからダメとのこと。その後、思いなおしてスーパーマーケットの貼り紙などをチェックしているとそのスーパーマーケットの近所にアクティビティ関係を催行している会社のオフィスがありました。そこをのぞいてみるとなんと日本人の女の子がいたのでびっくりしました。その時までこんな時期にメスベンにいるスキー目的の日本人は私だけだろうと思っていたからです。彼女はマリちゃんと言い、今週いっぱいここで働いているそうで語学学校から仕事の紹介をされてここへ来たとのことでした。(残念ながら彼女はスキー・スノーボード目的ではない。)彼女はこれからスキーやスノーボード目的でメスベンに長期滞在する日本人に国際電話で連絡をとり、リフトシーズンパスの手配や到着時の手配のことなどの仕事を手伝っていました。私は彼女を通じてそこのオフィスのオーナーやスタッフとも面識ができ、ついでに私の履歴書も預けておきました。また偶然にも私が1996年にメスベンに滞在した時に宿泊していたロッジで働いていたスタッフが今はここで働いていて驚きの再会をしました。私が彼を覚えているのは当然としても、彼が私を覚えてくれていたということにはびっくりしました。ちょっとうれしかったです。またこの日、私は自転車に乗ったある男の人とすれ違い、「あれ?前に来た時に会った彼に・・・。うーん、似てるような・・・?」と思っていたのですが、次の日やはり本人と言うことが発覚し、また彼も「昨日すれ違ったよね。覚えてるよ。」と言ってくれたのでした。私って前から誰とでもお話してたのね。でもこの彼との再会が私の住処を決めたのだからわからないものです。またフラット話題ついでにもうひとつだけ。マリちゃんと話すようになり、私は彼女の滞在する宿へ遊びに行きました。「今日は日本人の男の人が2人泊まっているんだよ。」とマリちゃん。その2人のうちの1人だったノブが後に私のフラットメイトとなるわけです。ホント、出逢いってわからないもんです。
仕事の話に戻って・・・マリちゃんが去った後、私は何度かそのアクティビティの会社で電話をかけるお手伝いをしました。その後の仕事をゲットするという形にはならなかったけどね。賃金がわりってことでその会社が主催するロッククライミングに割引価格で参加させてもらいました。スキー場がオープンするまではやることなかったので楽しくってよかったです。
そんなこんなで少し時間が経ち、5月中旬になりました。まだスキー板をまだ持っていなかった私は何かちょうどいい具合のものがないかなぁ・・・と、たまたま今日より再オープンというスポーツショップをのぞきに行ってみました。そこには日本人の女の人が店番をしていました。スキー板などを見つつ、店内をさっと見まわした後、おもむろにその人との会話が始まりました。「今日からお店の再オープンなんですね。」なんていう話から始まっていき「いやー、私、スキー板も探してるけど仕事も探してるんです。」なんて言うと「オーナーが日本人の女の子、探してるわよ。私は今月末から別の仕事が決まっているのでここは短期なの。で、誰かいない?って聞かれてたところ。履歴書持ってる?」なんていう展開になり、「えっ?あります。」「じゃあ、履歴書は預かっておくから。オーナーはしばらく出かけてて週末には戻ると思うからその時に渡しておくわね。」・・・きっかけはこんなささいな会話からでした。それからはオーナーが帰ってくると聞かされていた頃にまた店を訪れてみました・・・が、他のスタッフによるとまだ戻っていないとのこと。その後、また顔を出してようやく5月末になってオーナーに会うことができ、話をすることができました。15:00頃スキーを終えて、夕方16:00〜18:30くらいまでの仕事とのこと、天候が悪くなれば昼間から働くとのこと、スタートはたぶん6月20日頃からなどなど・・・会ってすぐにそういう話をしてくれ、英語での接客をはじめとする英会話には不安が大いにありましたが、なんとかここで雇ってもらえそうな雰囲気です。"Do my best!!"でやるしかありません。
このスキーショップでの仕事がほとんど決まりかけていた頃に、アクティビティの会社を通じて知り合ったイギリス人のLucyに「知り合いがバックパッカーズの仕事をやってくれる人を探しているんだけどどう?」とか声をかけてもらったこともありました。一応、話を聞きに行って見ましたが、そこは宿に住みこみで仕事をしないとダメだったので友達とフラット暮らしをする予定の私には合いませんでした。しっかりアンテナを伸ばしておけばひょんなことからいろいろとつながってくるものですね。「私が誰を知っているかということも重要だなー。」と思いました。どこでもコネは大事なんですね。

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スキーショップでの仕事
結局、7月2日より仕事開始!ショップでの私の仕事は主に店内での接客でした。(特に日本人)夕方、スキーを終えて町に戻ってきた人がお店にやってきます。天候が悪かったりしてスキー場がクローズしてしまえばもっと早い時間帯から客足は増えます。日本人はとても多くてしかもスキー・スノーボード目当ての旅行客よりも長期滞在でやってくる人達が多かったです。日本ではスキースクールのインストラクターをやっていたり、スポンサーがついているような人達、スキー・スノーボード雑誌などの撮影で訪れるデモンストレーターや各国のナショナルチーム選手などもいました。日本のスキー場でよりもマウントハットのほうが技術の高い人達をいっぱい見ることができます。もちろん日本人以外の外国人観光客も多かったです。(自分も含め日本人もここでは外国人なのになんだかヘンな言い方になってますが。)特にこのシーズンは現地が雪不足だったせいもあり、オーストラリアからの人たちが多かったようです。長期滞在の日本人のお客様はワックスだとかヤスリだとかの小物を買っていくことが多かったです。旅行客はトレーナーやフリースなどの衣類や帽子などをお土産に買う人が多かったです。そういう日本人客に慣れていた私がある日、接客したお客様で$600以上するスキーウェア(しかも上着のみ!)を買っていった人がいてびっくりしたことも・・・。私もお店の売上に貢献できたかなっ。(笑)
英語でスタッフに尋ねたことをお客様に日本語で説明したり、お客様の言っていることをスタッフに英語で説明したり・・・なかなか難しい時もありました。しかし、日本に住んでいたことのあるスタッフのSarahが居たこともあり、彼女にもいろいろ教えてもらったりしてずいぶん助けてもらいました。例えば、「このスキーウェアは袖のところにあるジッパーを外すと袖が取れてベストにもなる。」と言う時の「外す」って???そして「ベストにもなる」って???深く考えすぎていたのですが、前者は"come off"(外れる)で後者は"come out"(現れる)なんですよね。簡単な言いまわしが出てこないことがよくありました。(私の英語力の低さがばれますね・・・)日本語で呼ばれているのとは違った呼び名のスキーグッズもありました。スキーウェアの下に着るタートルネックのシャツ、日本では「スキーアンダー(シャツ)」って言いますよね。それは"skivvies"(スキビーズ)と言うそうです。私の持っている英和辞書によると"skivvy"が(男子用の)下着、のことだそうです。で、複数形の"skivvies"でそれがスキーアンダーシャツのことも呼ぶようになったってことなのかなぁ?またこれは私が英語での呼び名を全く知らなかったのですが、銀行強盗がかぶるような日本語で言う目だし帽のことを"Balaclava"(バラクラバ)と言うそうです。あとこちらでの服や靴のサイズも日本とは違いますので注意が必要でした。例えば婦人服サイズの9号はNZサイズでは10号だったりしました。
私がいたシーズンは降雪も少なくあまりよいシーズンではなかったため、スキー場のクローズも例年より早かったです。11月くらいまで滑走可能な年もあるようですが、10月初旬にはもう雪はどんどん解けてしまい、10月中旬でクローズしてしまいました。私は9月下旬までの約3ヶ月間、ここで働きましたが、主に夕方のみの仕事だけだったのでお金を稼ぐという感じではありませんでした。食費代くらいにはなっていたとは思いますが・・・ま、何もないよりはいいって感じでしょうか。私の目的としては「スキーも仕事も両方できる環境」だったので自分ではよかったと思っています。

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スキー場スタッフの仕事について
マウントハットスキー場で働くスタッフになるための募集は私がニュージーランド入りした4月10日頃には締め切られてしまっていました。スタッフの仕事はリフトパスが手に入るなど特典もあるためか、とても人気があり競争も激しいようでした。そして特にコネがないとかなり難しいようです。しかし私が過ごしたシーズンで2人ほどワーキングホリディビザで就労していた日本人がいましたのでチャンスがあればチャレンジしてみるとよいと思います。仕事の種類はスキー・スノーボードのレンタル部門やカフェでの料飲部門、グッズなどを売るリテール部門、リフトオペレーター部門などがあります。仕事に関する情報は各スキー場のホームページなどで確認してみるとよいと思います。募集の時期になればその要項などが掲載されるはずです。
その他、私の仕事のことについては旅ページのメスベンの項にも書いていますのでこちらも読んでいただければと思います。

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その他の仕事のこと
ニュージーランドで私が出会った日本人(ワーキングホリディビザで滞在)が就いていた仕事の代表的なものを挙げてみました。
カフェ・レストランなどの仕事 ウェイター・ウェイトレスや仕込みなどのキッチンヘルパーなど。やはり日本食レストランでの仕事が多いです。調理師免許があればシェフとしても働ける!特に日本食シェフはワークビザも取りやすいみたいですね。
バックパッカーズなど宿泊施設での仕事 バックパッカーズなどでは寝る場所を提供してもらう替わりに掃除やフロント業務などを手伝うというスタイルが多かったみたいです。もちろんちゃんと仕事としてお金をもらって働くというのもあります。ホテルやロッジのハウスキーピングなどがありました。
ファーム(農場)での仕事 ニュージーランドにはたくさんの農場があります。たいていは農場内、または近くの宿からの通いでやって来ていろいろな農場の仕事を手伝うものです。牛や羊などの牧場、養鶏場や養蜂場というのもあり、メスベンで知り合ったアキちゃんは蜂蜜をとる仕事をやったそうです。農場での仕事はどれも体力勝負できつい仕事が多いと聞いています。特に農場での仕事を希望する人はWWOOF(Willing Workers On Organic Farmsの頭文字をとってウーフと呼ばれていました)の出している冊子を参考にするとよいと思います。WWOOFに登録されている農場が紹介されていて、ここに掲載されている農場で働きたい人はWwoofer(ウーファーと呼びます。農場で働きたい希望者のことです。)として会員登録をします。その他、WWOOFの詳しい情報はこちらをクリックしてみてください。
フルーツピッキングの仕事 農場での仕事に属するのですが、特にニュージーランドはキーウィフルーツを始め、リンゴやサクランボなどの果物栽培が盛んです。旬である季節には各地でその摘み取りや出荷作業に大忙しとなるので人手が欲しいようです。賃金は時給制よりも出来高払いが多いようです。オーストラリアとニュージーランドで発行され、旅の情報冊子(無料)のTNT Magazineには"harvest calendar"(作物の収穫時期カレンダー)が掲載されていたので、いつ頃何が旬なのかを参考にするとよいと思います。TNT Magazineのサイトはこちらをクリック!(ただし、ホームページの情報はオーストラリアのモノが多いです。ハーベストカレンダーもオーストラリア情報のみなので、あくまでも時期などの参考にどうぞ。)
旅行ガイドの仕事 こちらの観光シーズンは春から秋となる11月から3月くらいまでです。もちろん日本人観光客も多いです。日本の休みにあたる正月やゴールデンウィーク、お盆などはクライストチャーチやマウントクック、クィーンズタウンなど観光コースに組み込まれている場所でツアー客を多く見かけました。そんなお客様を案内する、いわゆる現地係員というのが主なお仕事です。
みやげ物店での仕事 ニュージーランドにもありますよ、大橋巨泉のOKギフトショップが。そしてもちろん日本人観光客なら1度は立ち寄るであろう免税店。こういったみやげ物店の店員という仕事です。
その他
ここでは旅に関してやその他思いついたことを書いてみたいと思います。
旅の下調べと準備(オーストラリア) 旅の下調べと準備(シンガポール) インターネットカフェ ゲストブックと口コミ情報
旅の下調べと準備(オーストラリア)
私は今回のワーキングホリディ滞在中のうち1ヶ月間(1998/10/05〜11/05)オーストラリアへも遊びに行ってきました。日本を発つ前からオーストラリア行きは計画にあったのでETAS(オーストラリア入国認可登録済証)と呼ばれるオーストラリアへ入国するための観光ビザ(厳密にはビザではないのですが)をあらかじめ日本で取得しておきました。ニュージーランドからオーストラリアへの国際線チケットとオーストラリア国内線チケットは(ともにカンタス航空)Flight Centre(フライトセンター)という旅行代理店を通じて手配しました。また、インディアンパシフィック号という人気列車での移動を計画していたので、こちらの予約もフライトセンターを通じてやっておきました。また、初日のメルボルンの宿だけはニュージーランドから国際電話をかけて予約しておきました。
日本から冬物の荷物などを送ってもらった時にガイドブックを一緒に入れてもらい、それを見ながら訪れてみたい場所などをチェックしていました。当初は40〜50日くらいかけてオーストラリアをぐるっとひとまわりする予定だったのですが、値段の安いチケットが30日FIXだったこともあり予定を短くし、ひとまわりは無理なので東海岸とタスマニアを削りました。それでも1ヶ月間でまわるには忙しい旅でした。(特にその後、ニュージーランドの南島だけで約3ヶ月間かけて旅していたことを思うと・・・。広大なオーストラリアをぐるっと一周するには最低でも3ヶ月、ゆっくり周るならもっともっともっと!必要ですね。)
とりあえず、ルートとだいたいの行きたい場所だけを決めてあとは現地に入ってから・・・ということにしました。

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旅の下調べと準備(シンガポール)
ワーキングホリディでの1年間を終えて、帰国する前にシンガポールに寄り道しました。当初はシンガポールだけでなく、マレーシアやタイなどの国も行くつもりでした。学生時代の友達であるホリエがニュージーランドへ遊びに来た時に東南アジアのガイドブックを持ってきてくれたので、それを読んでいろいろチェックしていました。その後、ニュージーランド全島を旅して、お金も日程にも余裕がなくなり結局、今回はシンガポール3日間のみということになってしまいました。シンガポールだけの寄り道を決めた後、偶然にも、とあるバックパッカーズで日本語で書かれたシンガポールのガイドブックを見つけ、「これはラッキー!!」と自分の持っていた本と交換し、いろいろと情報を得ました。ちなみにこの本の交換というのは、英語や日本語・その他の国の言語で書かれた本がバックパッカーズにおいてあることがあります。英語生活の中でたまには日本語の本、読みたいこともきっとあるでしょう!?もし、その中に読みたい本があれば自分の持っている本と物々交換という形で手に入れることができるのです。旅のお供に本を1冊、そして読み終えたら交換、いい感じでしょ。シンガポールのガイドブックは結局海を渡り、日本に連れて帰ることになりましたけどね。私がかわりに置いてきた本は何だっけなー?推理小説だったかなぁ・・・?
シンガポール行きの国際線チケットは帰国便のストップオーバーという形でしたので、特に余分なお金は払っていません。クライストチャーチにあるシンガポール航空のオフィスで航空券を見せて予約しただけです。その後、気が変わってオークランドのオフィスに行き、スケジュールを変更したけれど、変更手数料等も取られませんでした。早朝着だったので現地の宿も特に決めず、シンガポールに到着してから空港の案内所で宿を紹介してもらいました。シンガポールの旅の様子はこちらをクリックしてみてくださいね!

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インターネットカフェ
1998年〜1999年当時、私が旅したニュージーランド・オーストラリア・シンガポールともに日本よりもインターネット環境が整っているな、と感じました。多くのインターネットカフェがあり、料金もそんなに高くなく気軽に利用できました。(ニュージーランドの場合で10分$2くらいが相場でした。$0.50くらいで印刷もできたりします。)場所によっては日本語環境がインストールされていることもありました。コンピュータを使う主な目的が日本の家族や友達とのメール交換ぐらいだという人なら、あえて日本から高価なコンピュータを持参する必要もないかも知れません。(コンピュータを持参される人は盗難などに注意!余談ですがフラット等の居住区に泥棒が入って盗られてしまった場合、海外旅行傷害保険の携行品の損害には当たらないとのことです。こういう場合の適用には別保険の加入が必要になります。)
世界各国のインターネットカフェの情報はこちらを参考にしてみてください。

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ゲストブックと口コミ情報
上にも書いた通り、今やインターネットで簡単に世界中とつながりさまざまな情報を得ることができます。しかし私が旅した当時は今ほどまだメールだの、インターネットだのが身近ではなくて、生きた情報源と言えば宿にあるゲストブックの書きこみや同じく旅をしている人達からの口コミ情報でした。「あそこに面白いモノがある!」、「あの宿のオーナーはサイコー!」、「あの町のフィッシュ&チップスは1番ウマイ!」、「このトレッキングコースはおススメ!」などなど・・・。あちこちのゲストブックに書きこみしている有名人がいたり、またゲストブックに知り合いの名前を見つけたり、なかなか面白いものです。ぜひ宿に着いたら、ゲストブックがないか探してみてください。また実際に体験してきた人の情報はとても参考になります。いろいろな人とおしゃべりして情報を交換することをおススメします。しかし、コミュニケーションのマナーは忘れずにいきましょうね!


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